花神（上）（新潮文庫）

日本の近代軍備の祖と言われる大村益次郎（村田蔵六）の物語である。日本の歴史では稀有ともいわれる徹底した合理主義者であり、蘭学を学び、当時の日本でも最高の医師でありながら、生まれ故郷の長州において軍神と呼ばれるほどに軍事、戦争の卓越した指揮官として明治初期を飾る男、大村益次郎。百姓の出でありながら、ここまで立身出世しながら、死ぬまでそのような出世に興味も野心も持たなかった男。ただ、惜しむべくは、その彼の価値を当時持ちめる人間があまりにも少なかったようだ。桂小五郎のみが彼を心底認めてきた。さらに彼は家内のお琴と本当の夫婦関係にまで至らず、ｼｰﾎﾞﾙﾄの娘ｲﾈと極めてﾌﾟﾗﾄﾆｯｸの恋に陥る。そういった私生活において極めて不器用な人生を生きる大村益次郎には我々日本人がなかなかなじめない感情と尊敬の念が生じてくるように思う。